沈香の国先遣隊。祖父の野辺送り。 1.
祖父が、夢で、幼くして死んだ孫と旅をして、言霊にして、言霊の海に送る物語の始まり。 (1)
一昨日、4番目の孫が死んだ。 (2)
昨夜は通夜だった。 (3)
今日は葬儀。野辺送りで火葬場に来た。今、荼毘が済んで、皆で骨上げのため、釜の前に並んでいる。私は、妻と組んで、箸を持っていた。不意に暗くなった。後で聞くと、意識を失ったそうだ。 2.
ここからは、その場で見た夢の話だ。 (1)
孫が幼稚園で描いて、私にくれた絵の中に居た。川岸のジャングルの、年老いた沈香樹になっていた。 (2)
孫は、私の中に溜まりつつある樹脂、つまり香木だった。私には長年蓄えた香りの樹脂が満ちていた。孫は未だ生まれたてで、スカスカだった。これから、少しずつ、樹脂を移していくのだと思うと、充実した気持ちが溢れていた。 (3)
そんな或る日、雷が孫の枝に落ち、孫は焦げ落ちて、増水した川に流された。 (4)
流木となった孫は、生老病死つまり、DNAの川を下り、虚無の海へ流されていく。そう思った私は、自ら岸を離れ、香木「蘭奢待」として、後を追った。日本の天平時代、西暦650年ころの話だ。 3.
熟した香木である祖父が、未熟な香木である孫を連れて、香りを満ちさせて、永遠不滅の香木「蘭奢待」にしようと、共に旅に出る。 (1)
渋の門。言葉の心。 @
孫は、言葉の心を持つ者しか通れない、渋の門の前で、漂っていた。 A
私は、自分の中の渋という樹脂を孫に注ぎ、共に通過した。 B
焦げた木部やアンコ、つまり感覚や感情の心は、門を通れず、下流に向かって、現在の現実の海へ、流れ去った。 C
渋という樹脂、つまり言葉の心の香りは、次の通りだ。言霊の海参照。 D
二人で、言霊の流れをさかのぼっていく。 (2)
木の門。自分。 @
自分という言葉を持つ者しか通れない、木の門に、至った。 A
私は、自分の中の木という樹脂を孫に与え、共に通過した。 B
木という樹脂、つまり自分の香りは、次の通りだ。言霊の海参照。 C
二人で、言霊の流れを進んでいく。 (3)
橘の門。世界。 @
世界という言葉を持つ者しか通れない、橘の門に、至った。 A
私は、自分の中の橘という樹脂を孫に与え、共に通過した。 B
橘という樹脂、つまり世界の香りは、次の通りだ。言霊の海参照。 C
二人で、言霊の流れを進んでいく。 (4)
乳の門。記憶の過去。 @
過去という言葉を持つ者しか通れない、乳の門に、至った。 A
私は、自分の中の乳という樹脂を孫に与え、共に通過した。 B
乳という樹脂、つまり過去の香りは、次の通りだ。言霊の海参照。 C
二人で、言霊の流れを進んでいく。 (5)
銀の門。願望の未来。 @
未来という言葉を持つ者しか通れない、銀の門に、至った。 A
私は、自分の中の銀という樹脂を孫に与え、共に通過した。 B
銀という樹脂、つまり未来の香りは、次の通りだ。言霊の海参照。 C
二人で、言霊の流れを進んでいく。 (6)
金の門。勇気。我慢。努力。 @
勇気という言葉を持つ者しか通れない、金の門に、至った。 A
私は、自分の中の金という樹脂を孫に与え、共に通過した。 B
金という樹脂、つまり勇気の香りは、次の通りだ。言霊の海参照。 (7)
白金の門。言霊。 @
言霊にならなければ通れない、白金の門に、至った。 A
私は、自分の中の白金という樹脂を焚き、孫は言霊に脱皮して通過した。 B
白金という樹脂、つまり言霊の香りは、次の通りだ。言霊の海参照。 C
言霊になった孫は、空に昇り、雲になり、雨となって、故郷である言霊の海に再び降り注ぐだろう。 4.
祖父は、孫を、言霊の海に送った後、東大寺の正倉院の宝物の海に至り、今も眠り続けている。いつか熟した孫が来るのを楽しみに待っている。 (1)
私は、白金の門からひとり引き返し、途中拾われて、東の果てへ運ばれた。東の果ての国の、大仏の開眼式の供物として供えられ、その後、その寺の倉庫の壁に打ちつけられた丸太で出来た木箱に入れられた。700年ほど眠り、削られ、足利義政に献上された。その100年後にまた削られ、織田信長に献上された。さらに400年後にまた削られ、明治天皇に献上された。私自身が、香りの言霊の海になって、生老病死の輪廻を越えて、いつまでもここに在り続けるのだな、いつか熟した孫が来るのを楽しみに待っている。時が来て、新しい孫たちが、言霊を汲みに来る。新しい孫たちの言葉の心になる。新しい孫たちと一緒に、旅を始めるだろう。 5.
と思っていると、突然明るくなって、誰かが入ってきた。 (1)
夢から覚めた。まだ骨上げ式は続いていた。私は、火葬場の隅の木の椅子に腰かけていた。回復したから大丈夫と言って、喪主である長男に支えられて、最後の白い小さな一欠けを摘まんで、壺に収めた。今頃、孫は、言霊の海で、次の出番を待っているだろうと思い、少し明るい気持ちになった。 6.
この時は思いもよらなかったが、自分の死の晩、5人目の孫と、第二次沈香探検團を編成し、旅をすることになる。沈香探検團に続く。 |